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広島高等裁判所 平成4年(ラ)1号 決定

抗告人 有限会社タナカホーム企画

右代表者代表取締役 田中正人

右代理人弁護士 内堀正治

相手方 フジ産業株式会社

右代表者代表取締役 砂連尾忠登

右代理人弁護士 水中誠三

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は「原決定を取消す。抗告人と相手方との間の広島地方裁判所平成三年(ヨ)第九〇号不動産仮差押命令事件につき、同裁判所が平成三年五月一三日にした仮差押決定を認可する。訴訟費用は、相手方の負担とする。」との裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙(一)、(二)のとおりである。

二  よって検討するに、疎明資料によれば、抗告人と相手方との間で、平成二年七月五日、別紙(三)のとおりの業務委託契約(以下、本件契約という。)が締結されたこと、抗告人は、本件契約に基づき相手方から受任した事務、すなわち同契約書記載の相手方所有の建物(以下、本件建物という)に現に賃借人として居住している者との間の賃貸借契約を解除し、右居住者らを本件建物から退去させる事務を契約上の受託業務完了期限である平成二年一二月二九日までに完了したこと、約定委託料は二億九五〇〇万円と定められていたところ、抗告人は相手方から着手金五〇〇〇万円、中間金五〇〇〇万円のほか、賃借人の立退料にあてるための資金として合計四八七〇万七五七七円の支払を受けたが、相手方は、残金の一億四六二九万二四二三円の支払をしていないことがいちおう認められる。

三  相手方は、本件契約は、弁護士法七二条で、弁護士でない者が報酬を得る目的で業として行うことを禁じられている「一般の法律事件に関して、法律事務を取り扱うこと」を内容とする契約であるから、民法九〇条に照らして無効であり、したがって抗告人には約定委託料の請求権はない旨主張するので、以下この点につき検討する。

1  弁護士法七二条は、弁護士でない者に対して、報酬を得る目的で、訴訟事件、非訟事件及び審査請求、異議申立て、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることを罰則をもって禁じているから、右要件に該当する契約が同法に違反し、民法九〇条の公序良俗に反する法律行為として無効であることはいうまでもない。

そうして、右にいう法律事件とは、訴訟事件、非訟事件等同条に例示されている事件を含む広く法律上の権利義務に関し争いがあり、疑義があり、または新たな権利義務関係を発生させる案件をいうが、「その他一般の法律事件」とは、同条に例示されている事件以外で実定法上事件と表現されている案件(例えば、調停事件、家事事件、破産事件等々)だけではなく、これらと同視し得る程度に法律関係に問題があって事件性を帯びるもの(すなわち、争訟ないし紛議のおそれのあるもの)をも含むと解するのが相当である。

前示のとおり、抗告人が本件契約により相手方から受任したのは、本件建物に居住する賃借人らと交渉して賃貸借契約を合意解約し、賃借人らに本件契約で定められた期限までに本件建物から立ち退いてこれを明け渡して貰うという事務であるところ、疎明資料によれば、本件建物は築後二〇年以上経て相当老朽化しており、賃借人らの大部分は、良い移転先があり、相当額の立退料が貰えるのなら円満に立ち退いてもよいとの意向であったことが窺われるから、本件事務を受任した抗告人において相当の立退料さえ支払えば、立退交渉は円満にまとまるとの見通しがあったことが窺われないではないが、仮にそうであったとしても、立退猶予期間や、立退料の額をめぐって賃借人らとの間に紛議が生ずることは事柄の性質上十分予想されるところであり、現に疎明資料によれば、抗告人代表者も、本件事務は抗告人だけでは荷が重いし、法律的判断も必要であるから弁護士が必要となると言って、本件建物及びその敷地(以下、本件土地という)の所有者から売買の仲介を頼まれた株式会社リビングハウスから小山雅男弁護士の紹介を受けていること、同弁護士は、抗告人の代理人として、賃借人らとの立退交渉にも携わり、立退きの合意書の作成にも立ち会っていることがいちおう認められることに照らしても、本件契約に基づく抗告人の事務が弁護士法七二条に規定する「事件」性を有していたことはいうまでもない。

そうして、同法七二条にいう「その他の法律事務」とは、広く法律上の効果を発生、変更する事項の処理を指すものと解されるところ、本件契約は、相手方は抗告人に対し、同抗告人において、本件建物の賃貸人の代理人として、その賃借人らとの間で本件建物に係る賃貸借契約を合意解除し、当該賃借人らに本件建物から退去してこれを明け渡して貰うという事務を委任し、これに対し委任者たる相手方は受任者たる抗告人に対し前示の報酬を支払うという契約(委任契約)であるから、右受任者たる抗告人の事務はまさに同条の法律事務そのものというべきである。

したがって、抗告人は、弁護士でないのに、報酬を得る目的で、法律事件に関して法律事務を取り扱ったことになる。

2  抗告人は、本件受託業務は業として行ったものではない旨主張するので、以下、この点につき検討する。

疎明資料によれば、(1)抗告人は、不動産の売買、仲介、斡旋等や不動産の賃貸、管理業等をその目的とする会社であり、広島県知事から宅建業法に基づく宅地建物取引業の免許を得ていること、(2)本件建物及び本件土地の所有者である吉永正敏は、本件建物の維持経費がかさむ等の理由から、本件土地、建物を他に売却しようと考え、株式会社リビングハウスとの間に専属媒介契約を結んだこと、(3)同社は、抗告人らの宅建業者を使い、口コミの方法で買主を捜していたこと、(4)抗告人代表者から、本件建物、土地が居抜きで一〇億円前後の価格で売りに出ているが買い手はいないかという打診を受けた株式会社リソーハウジングの代表者中本光司は、この話を持ち込んだ数社のうちのダイア建設株式会社(広島支店)から、本件建物の入居者が立ち退き、更地になる条件であれば検討の余地がある旨の返事を得たこと、(5)そこで右中本及び抗告人代表者は、相手方に対し、抗告人らにおいて責任をもって入居者らを立ち退かせるので、一旦相手方において本件土地、建物を居抜きのまま買い受け、居住者を立ち退かせた後、ダイヤ建設に転売してはどうかという企画を持ちかけたこと、(6)相手方は、資金不足等を理由に一旦この申入れを断ったが、ダイア建設の担当者福本伸治から相手方に対し、「相手方が本件建物を解体して更地とした後の本件土地をダイヤ建設が相手方から買い入れる。相手方には本件土地にダイア建設が新築する建物の建築を請け負わせるので、相手方において本件土地、建物を購入し、入居者を立ち退かせ、建物を解体して更地にして貰いたい」旨の電話が掛ったので、相手方も、ダイア建設からの買付証明書が提出されることを条件に本件土地、建物を買い受けることとし、中本らに対しダイア建設の買付証明書を取り付けるよう求めたところ、中本らは、平成二年三月中旬頃、相手方のもとに「本件土地を更地を条件に一七億五四七二万円で買い付ける」旨のダイア建設広島支店取締役支店長山田雅樹の記名押印のある「不動産買付証明書」を持参したこと、(7)右のとおり、相手方が本件建物及び本件土地を買い受けてその入居者らを立ち退かせた後本件土地をダイア建設に転売するという計画は、本件建物から賃借人らを早期に、円満に立ち退かせることがその前提条件をなしており、所有者の吉永自身も、その売却の条件として本件建物からの賃借人の円満な立退きを望んでいたので、リビングハウスに代って本件建物の買主を捜したりしていて事情に明るく、本件建物の賃借人らとも接触のあった抗告人に本件建物の賃借人の立退事務の一切を委せる旨の話合いがまとまり、平成二年七月五日、吉永正敏と相手方との間で本件土地、建物の売買契約が締結されるのと同時に、抗告人と相手方との間で本件契約が締結されたこと、(8)本件立退交渉の相手方となる賃借人は約二〇人であったところ、抗告人は会社を挙げて本件建物からの賃借人の立退き事務を遂行し、契約期間内にこれを完了したこと、がいちおう認められるところ、右疎明事実によれば、抗告人は、本件契約に基づく前示の受任事務をまさに同抗告人の営む宅建業の一環として取り扱ったもので、偶々、相手方のために本来の業務の傍ら本件事務を取り扱ったものとは到底認められないし、これに加えて立退交渉の相手が多数であること等に徴しても、たとい抗告人が本件事務を取り扱ったのが初めであったとしても、本件法律事務の取扱いは、なお弁護士法七二条にいう「業として」、すなわち反復、継続の意思をもってなされたというを妨げない。

四  そうであるとすると、本件契約は弁護士法七二条に違反する契約として、民法九〇条に照らして無効の契約であり、従って抗告人は相手方に対して本件契約に基づく報酬請求権を有しないのではないかという強い疑いがある。

したがって、本件被保全権利の疎明は、結局不十分であるということになるから、本件仮差押申請はこれを却下すべきところ、広島地方裁判所が債権者(抗告人)と債務者(相手方)との間の同裁判所平成三年(ヨ)第九〇号不動産仮差押命令事件につき、同年五月一三日に発した仮差押命令を認可した原決定は不当であるといわなければならない。

しかし、相手方からは原決定に対して不服の申立てはなされていないから、右の次第で理由のないことが明らかな抗告人の抗告を棄却するにとどめ、抗告費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 篠清 裁判官 宇佐見隆男 難波孝一)

〈以下省略〉

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